Vol.12 変化を恐れぬ心

 人が「変化」に弱い事は、実体験として覚えがあるかもしれません。

 毎日のルーティンワークに、思いもしない変化が訪れると、人は意味も無く慌てたりします。しかしその一方で、慣れてしまえば何てことは無かったりもします。人は変化に弱い一方で、環境適応能力も高いのです。これも陰陽の一面ですね。

 

 変化を恐れる条件という物がいくつか存在します。

 一つは、成功体験に基づいたやり方。一つは自分自身のこだわりに基づいた事柄。これらが挙げられます。

 

 例えば飲食店を例に考えてみましょう。これぞ当店の看板メニューと言うような人気商品があります。それはお客さんの満足度も、売り上げも高い、まさに稼ぎ頭です。そんな稼ぎ頭が長年に渡って機能し続ける店が、老舗と呼ばれます。

 

 老舗は、相応に長い年月に渡って、様々な人々の舌を満足させています。この、様々な、と言う点においては、多少の傾向はあるかもしれません。

 例えば、若年層向けのこってりした料理なのか、はたまた高級志向でさっぱりした大人向けな料理なのか。しかし、これらの傾向とは別に、強制的に変化してしまうものがあります。それは時間です。

 

 時の流れは一定で、押しとどめることは出来ません。昨日は無かったライバル店が、突如向かいに出店するかもしれません。また、文化レベルの向上によって、お客さん達の舌が肥えてくるという現象も当然あるでしょう。

 50年前は画期的で斬新な味わいも、現代においてはありふれたりするのです。

 

 こんな時に、老舗の味を守る為にする事こそが、「変化」です。

 変化したら、せっかくの伝統の味が変わってしまうではないか。そんな風に考える方が多い事も分かります。ですが、ここは、単なる変化ではなく、バージョンアップと捉えてください。

 

 その商品にも、当然譲れない芯はあると思います。ここを変えてしまっては別物だ、というような重要な要素です。そこは確かに変えるべきではないでしょう。しかし、全体の味のバランスだったり、使用する調味料の見直しだったり、味の向上の為に出来る事はあるはずです。

 

 旧来の手法に固執して、時代の流れを読まずに変化できない事を、「居着く」と言います。武術において、この居着きは最も嫌われる事です。

 我々人間は、望まなくても必ず変化します。その変化を伴う際に、努力しなければ、必ず劣化へと繋がります。どうせ変化するのなら、やはり良い方向へ「向上」しなければなりません。

 

 ここで変化の本質が分かる、武士のお話をしましょう。

 皆さんの持つ武士、侍のイメージはどんなものでしょうか。力強く、人格者で清廉潔白な人物。そんな人々の規範となるサムライ像をお持ちの方も多いでしょう。

 

 確かにそういった侍の在り方が理想であると定められた時期もあります。しかしながら、武士の在り方や本質も、時代によって大きく変化してきたのです。

 

 侍の始まりが所謂貴族のボディーガードであったことは、前の記事で既に述べました。

 平安時代における支配者は公家や貴族です。彼らは文化的には優雅であったものの、民を思いやる心には欠けていたようです。苦しむ民は当然のごとく反発します。それらの反乱を鎮めるために派遣された下級貴族が、むしろその土地の民や勢力と結託し、土着したものが武士の始まるとも言えます。(全てのこの限りではありませんが)

 

 武士は武力を頼みに、新たな支配者になる訳ですが、公家や貴族に心底嫌気が差していた民にしてみれば、まだマシだと映ったのかもしれません。

 こうした、初期の武士の本質を見てみると、それは正しく武力です。つまり、問題の解決に当たっては、武力による争いが付き物だし、そうである以上、その時代の武士の本質は「暴力」です。

 

 武士もまた、民を含む他者の命には敬意を払う事はありませんでした。

 戦乱の世や、統治されておらず、局所的な支配のみが通常である世の中においては、人々は流動的になります。武士たちも、略奪や殺戮を楽しむような気質を持ったものも、少なくはなかったのです。

 

 ですが、全てはやはり変わります。例えば世の中が混乱よりも安定に向かった場合、人々は流動的に動くのではなく、定住的に一つの土地に留まるようになります。そんな状況では、民をいじめて疲弊させてしまえば、結局年貢を受け取る自分たちの首を絞める事になってしまいます。

 

 そうして、状況の変化に伴って、武士達ですら、大きく変わったのです。自分たちの利益を守る為に、変わらざる得なかったのです。

 つまり、「情けは人の為ならず」で、自分たちの利益を守る以上は、支配者ではなく、統治者としての品格を身に付ける必要があったのです。

 

 こうして、武士は、単なる粗野で乱暴な支配者から、公家や貴族に変わる実質的な統治者に変化していったのです。

 これは本当に大きな変化です。撫民政策や、御成敗式目など、様々な工夫もありました。

 そして、この変化があったからこそ、今日描かれる武士があります。そして武士の隆盛がありました。

 

 民に寄り添い、民を思いやる武士の姿です。

 

 この、武士の変化に、我々が学ぶべき事は大いにあります。

 時代や、状況や、立場の変化に伴い、自分自身をも変化させる必要がある事。

 統治者(経営者)に必要な心構え。

 

 まさしく、温故知新、歴史に学ぶという事です。

 

 変化を恐れず、どうせするなら良い変化を。

 現代に生きる我々も、常に変化の渦中にいるのです。